2008年04月07日

青臭いことは言いたくないんやけど・・・

 久しぶりの東上を終えて帰ってきました。

疲れた・・・もうおっさんやからね。

それでも色々とあった4日間でした。

ライブはまぁ、なんとか成功・・・初めてのお客さんも来てくれてるし、怒る人もいないわけやから、それなりに次も頑張ろうと思うわけですよ。

夏にはまたやりたいと勝手に決めました。

7月か8月の頭にはやりましょう。

 翌日は航空生徒入隊30周年記念の同期会に参加するので熊谷に久しぶりに行って来たわけですが・・・集合する熊谷駅も変わりましたね。

なんか寂れた気がしました。

新幹線が止まるようになっても町が栄えるということもないんやろうか・・・?

ホテルに送迎してくれるバスに行くと、もう何人かのオッサン達が座ってました。

当然同期やから45歳以上なわけですよ。

もう面影もないくらい老けてるもんやと思ってたのですが・・・わりとそうでもないもんなんやね。

見たらスグに誰ってわかるんよ。

28年逢ってないやつもいるのにね。

 それでまぁ宴会は盛り上がりました。

ナニが驚くって、この数日間ほとんど本名で呼ばれてるわけですよ。

もう何十年もマグナム北斗をやってると、本名を呼ばれるのって役所に行くか銀行か医者くらいなんですよ。

ところがこの中に入ると俺は平地なんですわ。

当たり前なんやけど、なんか妙な気分でしたね。

基幹隊員という人々がいるんです。

言葉も忘れてたけど、まぁ簡単に言うたら俺らの上司ですわ。

色々と指導してくれた人達です。

もう定年してはる人もいてはるわけですわ。

不思議な気分でしたよ。

まさか厳しく鍛えられた中隊長とか班長とか教官とかと、酒を飲んでるんやからねぇ・・・昔はタバコ吸ったり酒飲んだのを見つかって、何回丸坊主にされたかわからないんですよ。

しばかれたことも何度もありますわ。

まぁ今の髪型も坊主ではあるんやけどね。

訓練とかしんどいわけですわ。

正直そこにいたときはキライやったわけですよ。

いつかしばいたろうくらいに思ってたわけです。

ところがね・・・顔見たら普通に話してるんです。

俺、昔この人にこんなこともされた、こんなこともされたって、ナンボでも思い出してくるんですよ。

ホンマに腹立つはずなのに・・・いっこも腹立たないんですわ。

おかしなもんやねぇ・・・30年前にやってた物まねとか、普通に出来たりするしね。

 宴会ではよぉ飲みました。

ホンマに飲みました。

朝なんか頭ガンガンしてるのに・・・現役の連中はキッチリ朝飯食うてるんです。

これにも驚いたね。

鍛え方がちゃうんやろうか・・・?

まさに「朝飯は金のメシ・・・」ですよ。

朝飯では足らずにパン食うたなんて話もしてたしねぇ・・・。

 その後は熊谷基地のさくら祭りで53期生の最後のドリルを見ました。

俺らの頃より技は増えてるし、立派なショーやったんでしょうか。

みんな感動してましたわ。

でもそれより俺は他のこと考えてましたね。

29年前に俺もこんなことをしてたんやなぁってことの方が感慨深かったんですよ。

俺にとってドリルを見るのは30年ぶり2度目なんですわ。

最初は入隊直後に見たんです。

来年はお前らがやるんやぞと言われてね。

なんの実感もなく、ただ凄いなぁと思って見てました。

翌年は自分がするわけですから、見てないんですよ。

練習ばっかりさせられるんですわ。

もう毎日毎日練習・・・その前に観閲式でパレードの練習してるから、夏くらいから歩いてばっかりやった気がします。

なんでこんなことをせなアカンねんて思ってましたね。

それから29年・・・俺は色々と紆余曲折の中を好きなように生きてきて・・・そして生徒隊最後のドリルを見たわけです。

なんとも言えませんでした。

その後はダラダラと流れ解散というか、みんないつもの生活に戻っていきました。

どういうわけか後輩にはやけにサインを求められましたが、たぶん伝説の男になってるんでしょう。

自分の子でもおかしくないような年齢の子に先輩と呼ばれるのはこそばゆいですが・・・。

 明日からはまたいつもの俺に戻ります。

他の連中も仕事があり家庭があり、生活がありするわけです。

またこんな日が来るまで記憶のどこかに置いておくんでしょう。

参加してホンマに良かったと思ってます。

なにがうれしいって、20年連絡もしてなかった俺に、何にも言わないんよ。

普通に久しぶりで終わりやねん。

死んでるかと思ってたと言いながら、何にも聞かなきゃ先のことも何にも言わない。

普段はきっと変わったんやろうけど、逢えばまったく変わらない。

妙なトークの間をもつやつは、今じゃ学校の先生になりながらやっぱり独特の間は変わらない。

温厚な奴は温厚なまま・・・同期で一番マッチョやった男はやっぱり恰幅のいい男になっていた。

ボーっと喋るやつは、やっぱりボーッと喋り、訛ってたやつはやっぱり訛ってる・・・。

そりゃ、現役の奴は色々あるでしょう。

階級もあれば面倒なこともある。

ただ、辞めた俺なんかからすると何にも変わらない。

淡々と年を取ったようにしか見えない・・・というか、15歳のマンマのようにも見える。

俺は俺で、相変わらず突っ込まれているし、普通に頭を張られてるし、それを非常に楽しませてもらった。

よぉ考えたら、15で家を出て、あんな場所に集まった男たちだ。

他にはこんな経験してるやつらはそうおらんしな・・・そういうもんなんかもしれないな。

記念品をもらった。

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萩焼のぐい飲み・・・しかも同期の男が作ってくれた。

昔を思えば、とても陶芸などやるような男には見えなかったが、ナニが彼をそう変えたのか・・・?

俺は陶芸のことなどわからないが、今日はこれでイッパイ飲むとしますよ。

きっと美味しい酒になるでしょう。

青臭いことは言いたくはないから言わない。

でも今の俺は、非常に青臭い言葉を発してしまいそうな気分だ。
posted by マグナム北斗 at 21:19| 大阪 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 不定期更新「マグヤン暴走日記」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こういう個人的な感懐には、口を差し挟めないなって思います。
ただ、ほんとによかったですね… 平地少年にもどった日。なんか人は始めから芸名で生まれるのじゃないな、ってあらためて思います。
それもこれも、また前を向く糧になったことでしょう。こんな仲間がいて、会えて良かったですね。
Posted by Rinn at 2008年04月07日 21:51
いろんな思い出が、かなり詰まっていたんですね。
確かに、厳しい場所で、中には、挫折する人もいれば成長した人とかいたんですね。
Posted by バチバチ at 2008年04月07日 23:42
僕のイメージは、自衛隊=秀才です
やたら試験が難しいと聞いているんですが。
Posted by MARINO at 2008年04月08日 03:28
>Rinnさん

 そうですねぇ・・・まぁ、芸名で生まれて来るのは歌舞伎の家の男の子くらいですかね。

前を向く糧には間違いなくなりました。

次に会う日はまた来るでしょうか・・・来ることを願って前を向いて行きたいもんです。

>バチバチさん

 皆成長してましたね。

キレイな話ばっかりではないでしょうが、おの場所での挫折は挫折やないですね。

道を選択し直しただけって感じがしました。

>MARINOさん

 生徒は結構難しいんちゃいますかねぇ。

俺のときで全国から100人しか募集してなかったですからねぇ。

若いときは俺も賢かったってことにしといてください。
Posted by マグやん at 2008年04月08日 08:06
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