2015年01月17日

震災の日に思い出すウチのおっちゃんの話

 俺の身内で一番まともに震災の被害を被ったのは、深江に住んでたおっちゃんの家族だ。

おっちゃんには2人の娘(俺のいとこ)がいたが、次女とは当時から余り仲が良くなかったと聞く。

おっちゃんは四国から働きに出てきて、神戸でオバちゃんと結婚し、酒と釣りが大好きな典型的労働者・・・対して次女は高校を一番で卒業し、地元の大手企業で働くOL。

おっちゃんにしたら自慢の娘だったのは間違いない。

ただ我が子ながらあまりにも日常が違ってたからなのか、イマイチそりが合わなかったのか、親子だから好き嫌いを言うのも妙な話だが、年頃の娘と父親などそれほど分かり合える存在でもなかったようで、微妙な距離感を感じていたようだ。

一番それを感じるのが朝飯だったようで、白飯と味噌汁に漬物でもあれば十分のおっちゃんには、毎朝お気に入りの道具でダージリンティーを飲んで出勤する娘がどうも気に入らなかったらしい。

おっちゃんには年頃の娘の朝の憩いのひと時を演出する一杯の紅茶を理解出来なかったってことである。

 そんなおっちゃん家族は20年前被災し、避難所生活を余儀なくされることになった。

家族は無事だが住んでた家はペシャンコに潰れ、一瞬で瓦礫の山になってしまった。

でも数日経った頃、何か残ってないのか・・・家の現状を見に行った時のこと。

夥しい瓦礫の山の中から、ナニをどうやってそうなったのかガラス製の次女がお気に入りの大切にしていたダージリンティーを入れるポットが、あれだけの災害にあいながらも奇跡的に全くの無傷で見つかった。

その姿を見たとき、おっちゃんは何故か喜ばずに物凄く腹が立って来て、発作的に踏んで粉々に割ってしまったらしい。

ヘンコなおっちゃんの気持ちもわからないでもないけど、余りにも大人げないよなぁ。

まぁ、らしいっちゃらしいんやけど、無事に次女に渡してたらその後どうやったんやろうなぁと思うね。

ただこの話をいとこは知ってるんかなぁ?

もしこれ読んで初めて知ったとしたら・・・考えるのは止めよう。

おっちゃんは一昨年の暮れに亡くなったから、今更怒ってもしょうがないからね。

この時期になると思い出すねんなぁ・・・この話。
posted by マグナム北斗 at 18:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 不定期更新「マグヤン暴走日記」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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